osho(和尚)

2017年09月06日

人に認められる必要性を感じているのは…by osho



あなたがいつも人に認められる必要を感じているのは、
自らが自分自身を受け入れていないからだ。

だがいったん、自分自身を受け入れたならば、人が自分の
ことを良く思おうが悪く思おうが問題ではなくなる。

人がこちらをどう思うか、それは彼らの問題であって
こちらの問題ではない。

by osho



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2017年08月28日

愛を与える事は by osho

UNI_1238



愛を与える事は、リアルで美しい体験だ
何故なら
その時、貴方は皇帝だからだ
愛を受け取る事は非常に小さな体験だ
しかもそれは乞食の体験だ

乞食になってはならない
少なくとも愛に関しては、皇帝でありなさい
何故なら
愛は、貴方にの中の使い尽くす事の出来ない質だからだ
愛は、好きなだけ与え続ける事が出来る

愛は量ではない質だ
愛は質だ
しかも与える事によって育ち
手元に留める事によって死ぬ
そのような範疇に属している質だ

osho



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2017年08月27日

喜びとは、自分自身の中へ入ること by osho

UNI_1233



喜びとは、自分自身の中へ入ることである。

最初、それは難しくて苦しい。

なぜなら、あなたは自らのみじめさに直面しなければならないからだ。

その道は非常に険しい。

しかしあなたが内へ入れば入るほど、あなたの受け取る報酬は大きくなる。

osho



blissfullife at 21:27|Permalink

2017年08月24日

生き生きとした瞬間を思い出す by osho


生き生きとした瞬間を思い出す


人間はしばしば悪いことだけを思い出して、
良いことは忘れてしまうという愚を犯す。

人びとが犯すいちばんの大きな過ちは、価値が
ない否定的なものだけを覚えていて、
真の価値があるものをすっかり忘れてしまう
ということだ。

愛情にあふれていたときのこと、体がこの上も
なく快調だった時のことなどめったに思い出さ
ないが、腹が立っていらいらしたときのこと、
傷ついた出来事はいつも思い出す。
自分の栄養になる出来事はほとんど思い出さない。

栄養になる出来事をつねに思い出すことはふたつの
面で役に立つ。
そういった大切な瞬間を思い出すことで、それがまた
再び起こる可能性が生まれてくるということだ。
いつも悪いことばかりを思い出していたら、その人は
また再びそういった経験をしてしまうだろう。
そのような感情が内側にため込まれてしまい、それを
何度も繰り返すことがますます容易になってゆく。

いつもどんな感情にとらわれやすいのかを、振り返って
見るといい。
いつもどんな種類の経験を思い出すだろうか?
過去の記憶がどのようなものであれ、あなたは未来の
ために種子をまいているのだということを忘れては
いけない。

過去の記憶が未来の敷石となる。
私たちは自分のなかに蓄えている記憶どおりの人間になる。
自分が覚えていることは自分の1部になる。
何かをしじゅう考えていたら、その思考は私たちの
なかに変化を引き起こし、それが一生にわたって影響を
与える。

それだから、なんであれ自分にとって好ましいこと、
善いこと、大事なことだけを覚えているようにしなさい。
それに人生では…生まれてから一度も安らかな、幸せな、
素晴らしい、愛に満ちた瞬間をもったことがないという
人はいない。

こういった瞬間を思い出すことによって強くなる。
たとえ暗闇に包まれているときでも、あなたのなかに
燃える光があかあかとまわりを照らし出すことだろう。

まわりには悲しみがいっぱいのときでも、あなたは
自分のなかの愛の、美の、静寂の体験を携えている。
棘に囲まれているときでも花に囲まれているかのように
感じることができるかもしれない。
だが、この逆もまた起こりうる。

すべてはあなたしだいだ。

osho



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2017年07月31日

子どもを育てること by osho

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子どもが木に登ろうとしている時、あなたはどうするか? 

あなたは直ちに怖くなる――
落ちるかもしれない、足の骨を折るかもしれない、万が一のことが
起きるかもしれない。
そして、あなたは恐怖から駆け寄り、子どもを止める。

もしあなたが、木に登ることがどれほど楽しいかを知っていたら、
子どもが木登りの方法を学べるように助けていただろう! 

そしてあなたが恐れるなら、彼を助けるがいい。
彼のところへ行って教えなさい。彼といっしょに登るがいい! 
彼が落ちないように学ぶのを助けなさい。
子どもが落ちるかもしれないというあなたの恐怖はよい――
それは愛をあらわしている。
しかし、子どもに木登りをやめさせることは、成長をやめさせる
ことだ。

木登りには本質的な何かがある。
一度もそれをしたことがなかったら、子どもはどこか貧しい
ままだろう。
一生に渡って、ある豊かさを逃すだろう。
あなたは彼から何か美しいものを奪う。
それを知る方法は他にはないのだ! 
そして、たまに木から落ちるのもそれほど悪くない。
永遠に貧しいままでいるよりもいい。

あるいは、子どもが雨の中、外に出て通りを走り回りたがる。
風邪をひくかもしれない、肺炎か何かになるかもしれないと、
あなたは恐れる――
そしてあなたの恐れは正しい! 
だから、彼がもっと風邪への抵抗力を持つように、何かをするがいい。
彼を医者へ連れて行き、風邪をひいたり肺炎にかかる心配なしに
雨の中を走り、楽しみ、踊るために、彼はどのビタミンを取るべきかを
聞きなさい。
しかし彼を止めてはいけない。
雨降りの時に通りで踊るのは、なんと楽しいことか! 
それを逃すのは、とても価値ある何かを逃すことだ。

もしあなたが幸福を知っているなら、そしてあなたが気づいているなら、
子どもがどのように感じているのか、感じ取ることができるだろう。

osho



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2017年06月02日

至福を意識する by osho

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至福を意識する


普通、マインドはいつも痛みを意識しているが、
至福を意識することはない。

頭痛がするとき、あなたはそれを意識する。
頭痛がないと、頭の健康を意識したりはしない。
身体が痛むときはそれを意識するが、身体が完全に
健康なときは健康を意識しないものだ。

これこそ、なぜあなたがそこまで苦悩を感じるのかの
原因だ。
私たちの全意識は、痛みに焦点を当てている。
私たちは棘ばかりを数える――
花の方には、まったく目を向けない。

自然は、痛みを避けられないようにするため、あなたに
痛みを意識させるよう計らった。
それは、埋め込まれたシステムだ。
さもなければ、手に火傷を負っていても、あなたはそれを
意識しないかもしれない。
すると、生き延びるのは困難になる。
だから自然は、痛みを意識することを非常に重要で
避けられないものにした。

だが自然は、嬉しさや歓びや至福を意識することを、
埋め込まれたメカニズムにしなかった。
それは学び、鍛錬しなければならない。
それは、ひとつの技(アート)だ。

この瞬間から、自然でないものに気づくことを始めなさい。
たとえば、身体が完全に健康だと感じられるとしよう――
静かに座り、それを意識しなさい。健康な状態を楽しみなさい。
それを意識するよう、つとめて努力しなさい。
あなたは充分に食べ、あなたの身体は満足し、満たされている――
それを意識しなさい。
お腹が空いていると、自然はあなたを意識させる。
しかし自然には、あなたが満足しているときに、あなたを
意識させるシステムがない。
それを育てることだ。

osho




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2017年05月22日

木と友になる by osho



木と友になる

1本の木に近づき、その木に語りかけなさい
その木に触れなさい
その木を抱擁しなさい
その木を感じなさい
その木の傍らに坐ってごらん━
あなたはいい人で、傷つける気持ちなどないことをその木に
感じさせなさい
まもなく友情が湧き上がり
あなたが訪れると、その木の質がたちまち変化するのを感じ
始める
あなたはそれを感じる
あなたが訪れると、その木の樹皮にはかりしれないエネルギーが
動くのを感じる
あなたがその木に触れると、彼女は子供のように、最愛の人の
ように幸せになる
その木のそばにすわると、あなたは多くのことを感じる
そしてまもなく、あなたが悲しんで木のものとにやってくると
あなたの悲しみが、まさにその木の存在によって消えてゆくのが
感じられる
そのときはじめて
あなたは自分たちが依存しあっているのを理解できる
あなたは木を幸せにすることができる
そして、その<生>の全体が相互に依存している
この相互依存をこそ、私は<神>と呼ぶ

osho




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2017年05月19日

楽天的な気分を養う by osho



楽天的な気分を養う

究極なものが起こること、必ずそれが起こることに対して、
できるかぎり楽天的でありなさい。

あなたがどこまでも楽天的なら、体のあらゆる細胞が
楽観に満ち溢れ、肌のあらゆる毛穴が楽観に満ち溢れ、
すべての呼吸が楽観に満ち溢れ、あらゆる思考が楽観の
光を受ける。

あなたの生命力は楽観で脈打ち、あなたの鼓動は楽観に
みなぎる。

あながの存在全体が楽観に満たされるとき、それはあなたの
内側に究極なるものが起こり得る状況をつくり出す。

この道を歩こうと思う者は、とことん楽天的でないと
いけない。

楽天的な気分を保ちなさい。
寝るときは、楽観に満ちて眠りにつきなさい。

osho


blissfullife at 17:55|Permalink

2017年04月13日

安楽死 by osho

UNI_0019



ある程度の年齢になり、すでに十分に生きて、不必要にだらだらと
生き続けたくない時、あらゆる人が基本的な権利を与えられるべきだ。

明日は再び単なる繰り返しで、彼は明日へのあらゆる好奇心を
失ってしまった。
彼には身体を去る十分な権利がある。
それは彼の基本的な権利だ。
それは彼の生だ。

もし続けたくないなら、誰も止めるべきではない。
それどころか、すべての病院が特別な病棟を持つべきだ。
死を望む人びとがその1カ月前に入り、リラックスして、
生涯やりたかったのにやれなかったすべてを楽しむことができる。
音楽、文学……絵を描くこと、彫刻を彫ること……。
そして医者は彼らに、いかにくつろげばいいのか、しっかりと
教えるべきだ。

これまで死はほとんど醜いものであり続けてきた。
人は犠牲者であり続けてきたが、それは私たちの誤りだ。
死を祝祭にすることができる。
いかにそれをくつろいで、穏かに歓迎するか、あなたはただ
学ばなければならない。

そして1カ月の間、人びとが、友人が、彼らに会いに訪れ、
集うことができる。
すべての病院が特別な施設を持つべきだ
――生きようとしている人びとのためよりもむしろ、死のうと
している人びとのための施設を。

少なくとも1カ月間、彼らを皇帝のように生きさせるがいい。
何の恨みも、何の不満も持たず、ただ深い感謝、ありがたく思う
気持ちとともに、彼らが生を去ることができるように。

osho



blissfullife at 15:29|Permalink

2017年04月11日

あらゆる変化があなたの呼吸の変化を通して起こる by osho

UNI_0930



呼吸は、気を配らなければならないことの一つだ。
というのはそれは、もっとも大切なことのひとつだから。
十分に呼吸していなければ、あなたは十分に生きられない。

つまりほとんどあらゆる所で、あなたは何かを抑えている、
愛している時でさえ。話している時でさえ、抑えている。
あなたは完全にはコミュニケートしない。
何かがいつも不完全なままだ。

いったん呼吸が完璧になれば、他のあらゆることが調和する。
呼吸することは、生だ。
しかし人びとはそれを無視している。
それについて全く心配していない。それに注意を向けない。

しかし起ころうとするあらゆる変化が、あなたの呼吸の変化を
通して、起こるだろう。

もし長い間、あなたが、間違って呼吸をしてきた、浅い呼吸を
してきたなら、筋肉組織は固定してしまっている。
そうなると、単なるあなたの意志の問題ではなくなる。
それは誰かが何年も動かないでいたようなものだ。

呼吸の通路には、そのまわりにある特定の筋肉組織がある。
そしてもし間違って呼吸していると、
——ほとんどすべての人がそうだが——
筋肉組織が固定してしまっている。
今やあなた自身努力で変えるには長い時間が必要だ、そして
それは時間の不必要な浪費だ。

誰もが間違って呼吸している。
というのは、社会全体が非常に間違った条件付け、考え、態度に
基づいているからだ。
例えば、幼い子どもがすすり泣く、すると母親は泣くなと言う。
その子どもは何をしたらいいだろう? 
泣くことは、起こっていることだ。
ところが、母親は泣くなと言う。
彼は呼吸を抑え始めるだろう。
それが、泣くのを止めるたった一つの方法だからだ。

あなたが呼吸を抑えれば、あらゆることが止まってしまう。
泣くこと、涙、あらゆることだ。
そうなると、だんだんとそれが固定したことになってしまう。
——怒ってはだめだ、泣いてはだめだ、これはするな、あれはするな。
あらゆる子どもが生まれてきた時にするような、完璧で、全面的な
呼吸をすれば、彼は野生的になってしまう。
だから彼は、自らを不自由な状態にしてしまう。

osho




blissfullife at 09:28|Permalink