2017年04月13日

安楽死 by osho

UNI_0019



ある程度の年齢になり、すでに十分に生きて、不必要にだらだらと
生き続けたくない時、あらゆる人が基本的な権利を与えられるべきだ。

明日は再び単なる繰り返しで、彼は明日へのあらゆる好奇心を
失ってしまった。
彼には身体を去る十分な権利がある。
それは彼の基本的な権利だ。
それは彼の生だ。

もし続けたくないなら、誰も止めるべきではない。
それどころか、すべての病院が特別な病棟を持つべきだ。
死を望む人びとがその1カ月前に入り、リラックスして、
生涯やりたかったのにやれなかったすべてを楽しむことができる。
音楽、文学……絵を描くこと、彫刻を彫ること……。
そして医者は彼らに、いかにくつろげばいいのか、しっかりと
教えるべきだ。

これまで死はほとんど醜いものであり続けてきた。
人は犠牲者であり続けてきたが、それは私たちの誤りだ。
死を祝祭にすることができる。
いかにそれをくつろいで、穏かに歓迎するか、あなたはただ
学ばなければならない。

そして1カ月の間、人びとが、友人が、彼らに会いに訪れ、
集うことができる。
すべての病院が特別な施設を持つべきだ
――生きようとしている人びとのためよりもむしろ、死のうと
している人びとのための施設を。

少なくとも1カ月間、彼らを皇帝のように生きさせるがいい。
何の恨みも、何の不満も持たず、ただ深い感謝、ありがたく思う
気持ちとともに、彼らが生を去ることができるように。

osho



blissfullife at 15:29│osho(和尚)