2017年03月16日

するということの病気 by osho

UNI_0485


「リラクゼーションというのは、
 この瞬間で満ち足りていること、それ以上に何かを求めたり
 望んだりすることなどできないことだ。」

するということの病気

まず、活動の本質と、そこに隠された傾向を理解しなくてはならない。
そうでなければどんなリラクゼーションも不可能だ。
いくらあなたがそうしたいと思っても、自分の活動の本質を観察し、
よく見て、本当に理解したことがなければ、リラックスすることは
できないだろう。
というのも、活動というのはシンプルな現象ではないからだ。

多くの人がリラックスしたいと思っていて、リラックスできないでいる。
リラクゼーションは花が開くようなもの、それを無理に起こすことは
できない。
あなたはその現象全体を理解しなくてはならない。――
なぜあなたはそんなに活動的なのか、それほどまでに活動で
いっぱいになっているのか、それにとり憑かれているのか。

二つの言葉を覚えておきなさい。
ひとつは行動、もうひとつは活動。
行動は活動ではないし、活動は行動ではない。
その性質はまったく正反対だ。
行動というのは、状況がそれを必要とした時に、あなたは行動する、
対応するということ。
活動というのは状況にかかわりなく、対応でもない。
あなたは内側でとても落ち着きがないので、状況は活動のための
単なる口実にすぎないのだ。

行動は静かなマインドからやってくる。――
それは世界でもっとも美しいものだ。
活動は落ち着きのないマインドからやってくる。――
それはもっとも醜いもの。もっと行動するようにしなさい、
そして活動がひとりでに落ちていくに任せなさい。
変容はやがてやってくる。それには時間がかかるし、適当な時期
というのもある。しかし急ぐ必要もない。

さてあなたはもう、リラクゼーションの意味するところが
理解できるだろう。
それは、あなたの中に活動への衝動がない、ということだ。
リラクゼーションは、死人のように横たわっていることではない。
それに、死人のように横たわることなどできない、ただそのふりが
できるだけ。死人のように横たわるなんて、どうやってできる? 
あなたは生きているのだ、ただそのふりができるだけだ。

リラクゼーションは、あなたに活動への衝動がまったくない時に
やってくる。
エネルギーは落ち着いていて、どこへ向かっても動いていない。
ある状況が起こればあなたは行動する、ただそれだけだ。
けれどもあなたは、活動するための口実を探しているのではない。
あなたは自分自身に寛いでいる。
リラクゼーションとは落ち着いていることだ。

リラクゼーションとは身体だけのことではない、マインドだけの
ことではない。
それはあなたの全存在に係わることだ。

あなたは活動でいっぱいになっている。
当然のことながら疲れ、消耗し、枯れきって、凍りついている。
生命エネルギーは動いていない。
あるのはただブロック、またブロック、またしてもブロック。
そしてあなたが何かをする時は、ある種の狂気の中でやっている。
当然、リラックスする必要が生じてくる。
それで、リラクゼーションについての本が毎月たくさん書かれている
のだが、リラクゼーションについての本を読んでリラックスできた人など、
今まで一度も見たことがない! 
彼は前よりもっと熱狂している。
というのも、彼の人生すべての活動は未だ手つかずのままだからだ。
活動的であることへの強迫観念はそこにある、病気はそこにある、
そして彼はリラックスした状態にあるふりをして横たわっている。
すべての混乱が内側にある、火山はすぐにでも爆発しそうだ、
それなのに彼はリラックスしている、本の指示に従って。
リラックスのやり方。

あなたがリラックスする手助けをしてくれる本などない。――
あなたが自分自身の内なる存在を読むのでないかぎり。
そうすれば、リラクゼーションはすべきものではない。
リラクゼーションとは、あるものの不在だ。
それは活動の不在であって、行動しないということではない。

何もしないように! どんなヨガの姿勢も必要ないし、身体を
ねじったり、ゆがめたりする必要もない。
「何ひとつしないこと!」。
活動しないことだけが必要なのだ。
ではどうしたらそうなれるのだろう? 
それは理解することによってやってくる。

すべきことはただひとつ、理解するということだ。
あなたの活動を理解しなさい、すると突然、活動をしている最中に、
もしあなたが気づくならば、それは止む。
なぜそれをしているのかに気づくなら、その活動は止むだろう。
そして、この止むということこそ、ティロパの意味するところだ。

リラクゼーションというのは、この瞬間で満ち足りていること、
それ以上に何かを求めたり望んだりすることなどできないことだ。
何も求めるものはない、すでに充分すぎる、これ以上望むことなどできない。
するとエネルギーはどこへも動いていかず、穏やかな水のプールになる。
自分自身のエネルギーの中で、あなたは溶けていく。
この瞬間がリラクゼーションだ。
リラクゼーションは身体のものでもマインドのものでもない。
リラクゼーションはトータルなものだ。
それでブッダたちは言い続ける、「無欲になりなさい」、と。
というのも、もし欲望があったなら、あなたはリラックスできない
ということを彼等は知っているからだ。

リラクゼーションとは姿勢ではない。
リラクゼーションはあなたのエネルギー全体の変容だ。

osho





blissfullife at 12:50│osho(和尚)