2016年09月15日

正しい睡眠 by osho

UNI_1098


正しい睡眠

人間の文明の発展の中でもっとも害されてきたのは、睡眠だ。
人間が人工の光を発見したその日から、睡眠は大きな問題を抱えるようになった。
そして、道具がますます人間の手に入るようになるにつれて、睡眠は必要のない
ものだ、多くの時間が無駄に費やされている、と人間は感じ始めるようになった。
だから、より短い睡眠ですませることができればできるほどよい。

睡眠は生のより深いプロセスに対してなんらかの貢献をしているという考えは、
人びとには浮かばない。
彼らは、睡眠に費やす時間は無駄になる時間だから、眠るのは短いほどいい、
睡眠量を早く減らせば減らすほどいい、と考える。

あらゆる病気、人間の生に入り込んだあらゆる異常の背後にある原因は、
睡眠の不足だということに私たちは気づいてすらいない。
正しく眠ることのできない人は正しく生きることができない。

睡眠は時間の無駄ではないのだ。8時間の睡眠は無駄に使われてはいない。
逆に、この8時間の睡眠ゆえに、あなたは16時間のあいだ目を覚ましていることが
できる。さもなければ、その間ずっと目を覚ましていることはできないだろう。

この8時間のあいだに生命エネルギーが蓄積され、あなたの生は再び活力を
与えられ、あなたの脳と心臓のセンターは静まり、そしてあなたの生はあなたの
へそのセンターから働く。
この8時間の睡眠ゆえに、あなたは再び自然と、そして存在とひとつになったのだ。
あなたが再び活力を得るようになるのはそのためだ。

睡眠は人間の生に戻ってくる必要がある。
実際に、人類の精神の健康にとって、この先100年か200年のあいだ、睡眠は
法律で義務付けられなければならないという以外に、他の選択肢はない、
他の手段はない。

瞑想する人にとって、適切で充分な睡眠を取るように心がけるのはひじょうに
重要だ。
そして、もうひとつのことが理解されなければならない——
正しい睡眠は人によってそれぞれ違う。
肉体の要求はみなそれぞれ……年齢と、その他の多くの要素次第で違うのだから、
同じではない。

朝の5時に起きるのが誰にとってもいいことだ、といつも言われている。
これはまったくの間違いで、非科学的だ。誰にでもいいわけではない。
ある人たちにはいいかもしれないが、他の人たちには害を及ぼすかもしれない。
24時間のうち、およそ3時間は、人それぞれに体温が下がる。
そしてこの3時間は、もっと深い眠りの時間だ。
もしこの3時間のあいだ目覚めていたら、その人の1日はすべて損なわれ、
その人のエネルギーはすべて乱される。

一般的に、この3時間は朝の2時から5時の間だ。ほとんどの人にとって、
この3時間は朝の2時から5時の間だが、それは誰にでもあてはまるわけ
ではない。
6時まで体温が低い人たちもいれば、7時まで低い人たちもいる。
朝の4時に体温が標準になり始める人たちもいる。
だから、体温が低いこの時間に起きると、その人の1日24時間はすべて
損なわれ、有害な影響が及ぶ。
体温が標準のレベルにまで上がり始める時だけが、その人の起きる時間なのだ。

普通は、日の出とともに起きるのが誰にとってもいい。
陽が昇るにつれてみんなの体温が上がり始めるからだ。
だが、これはルールではない。例外がいくつかある。ある人たちにとっては、
日の出より少し遅くまで眠る必要があるかもしれない。
なぜなら、個人の体温はそれぞれ異なった時間に、異なったペースで上昇
するからだ。だから、人はそれぞれ、自分にはどれだけの睡眠時間が必要
なのか、そして自分が起きるのに健康的な時間はいつなのかを見出さな
ければならない。そして、それがその人のルールだ……
教典がどう言っていようとも、導師たちがどう言っていようとも。
彼らの言うことを聞く必要はまったくない。

正しい睡眠にとっては、より深く、より長く眠ることができるほどよい。
だが、私はあなたに、眠りなさいと言っているのであって、ベッドに横になって
いなさいと言っているのではない! 
ベッドに横になっているのは眠りではない!

目を覚ますのが自分にとっては健康的だと感じるときに目を覚ますのが、
あなたのルールであるべきだ。
たいていそれは日の出とともに起こるが、あなたにはそれが起こらないことも
あり得る。

だから、人はそれぞれ、自分にとってもっとも良い手筈は何なのかを発見
しなければならない。
3か月の間、それぞれが自分の仕事で、自分の睡眠で、そして自分の食事で
試してみなければならない。
そして、自分にとってもっと健康的で、もっとも安らかで、もっとも至福に満ちた
ルールは何かを見出さなければならない。

そして、誰もが自分自身のルールを作るべきだ。
似ている人はふたりといない。
だから、誰にでも適用できる共通のルールはない。
誰かが共通のルールを適用しようとすると、きまって悪い影響が生じる。
人はそれぞれが個人だ。
それぞれの人がユニークで、比類ない。
自分に似ているのは自分だけだ。他に似ている人は、この地上のどこにも
いない。

だから、自分の生命過程のルールとは何かを自分で見出すまでは、どの
ルールも自分のルールにはなり得ない。

osho



blissfullife at 19:50│osho(和尚)