2016年06月20日

7月のグループ瞑想会のお知らせ

木90



先日、2回目となる「踊りを瞑想にする」を行いました♪
深遠なるお時間、ありがとうございました☆

そして、好評につき、7月も行いたいと思います!

興味があっても、「踊れない、恥ずかしい、上手くない」等、
という思いでやらない選択ではなく、そういう自意識を捨て、
ただ純粋に、自由に、踊りの中に入っていきましょう。
(実際、そういう技術的なものは関係のないものです)

ただ踊ってスッキリ、というところより少し深く、入っていければと
思います。


       *

グループ瞑想会 「踊りとしての瞑想」

動的な踊りとしての瞑想です。
決まったステップ、技術は必要としません。
曲を流しますので、目を閉じ、それぞれ自由に踊ります。
上手く踊ろうとか、こういう動きをしたいとか、そういった
コントロールは手放し、踊りの中に全面的に入り込みます。

「 踊りをひとりでに流れさせなさい。
 それを強いてはならない。むしろ踊りに従い、踊りが起こるに
 まかせなさい。
 それは為すことではなく、起こることだ。お祭り気分のままで
 いればいい。
 あなたは深刻なことをしているのではなく、ただ遊んでいる
 にすぎないのだ。
 自分自身の生命エネルギーと遊び、生態エネルギーと戯れ、
 そのエネルギーが自然に動くのを受け入れている。
 ちょうど風が吹き、川が流れるように。あなたは吹いて、
 流れている。それを感じなさい。
 そして、遊び心を持ちなさい。この<遊び心>という言葉をつねに
 覚えておきなさい。私にとって、これはまさに基本的なことだ。
  Osho            」
 

●2016年7月16日(土) 決定♪

 14時~    受付
 14時15分~ スタート (16時ぐらいには終了予定)

●参加費:1000円

●持ち物:踊りのあと、床にあおむけに横になるので、
    バスタオルかヨガマットのような敷物。
    汗対策(タオル、着替えなど)。水分。
    汗が引いて冷えるかもしれないので、冷房対策。

●自分にとって、楽な服装で

●時間厳守でお願いします

●場所 :二本松市内の施設(いつもと同じ場所)
     申込みいただいた際、詳細をお知らせ致します。



■お問い合わせ&申込み   >>>  こちら まで♪

*注意* 携帯メールの方の設定によっては、こちらからの
       返信が届かない場合もあります。


2016年06月06日

ネガティブな感情と仲良くなる by osho

木98



「どこかに恐怖があるために、私は気後れし、頑なになり、悲しく、
 投げやりで、怒り、絶望しています。それはとても微妙なものなので、
 その所在を突き止めることさえできません。
 もっとはっきりと見ることはできないでしょうか? 」


悲しみ、投げやり、怒り、絶望、不安、苦悩、惨めさにかんして、唯一
問題なのは、あなたがそれらから逃れたがっていることだ。
それが唯一の障害だ。それらとともに生きていかなければいけない。
逃げることはできない。人生はそうした状況のなかでこそ、統合され、
成長していかなければならない。

それは人生のチャレンジだ。それを受け容れなさい。それは変装した祝福だ。
それから逃げようとしたら、どうにかして排除しようとしたら、問題が生じてくる。
というのも、なにかを排除しようとしたら、それを直視しなくなるからだ。
非難の目で見るために、それはあなたから隠れるようになる。
それは無意識のなか深くへ入り込んで、あなたの存在の暗い片隅に隠れ、
見つけられなくなる。あなたの存在の地下室へと移動し、そこに隠れてしまう。
当然、深くへ入り込めば入り込むほど、それは多くの問題をつくりだす。
あなたの存在の未知の片隅から働くようになり、あなたには手出しができなく
なる。

だからとにかく、けっして抑圧しないことだ。
とにかく、あるがままを受け容れなさい。それを受け止めて、出てこさせる――
自分の前に出てこさせる。じつのところ、「抑圧してはいけない」と言うだけでは
不十分だ。

許されるなら、私はこう言いたい、「それと仲良くなりなさい」と。
あなたが悲しいのなら、それと仲良くなり、それを哀れむことだ。
悲しみにも存在がある。それを許し、それを抱きしめ、それといっしょに坐り、
その手を握りなさい。仲良くなるがいい。それを好きになりなさい。悲しみは美しい!
それはよくないものではない。悲しいのはよくないなんてだれが言ったのかね? 
それどころか、あなたに深みを与えられるのは悲しみしかない。笑いは底が浅い。
幸福は皮一枚の厚さしかない。悲しみは骨にまで、髄にまで入り込む。
悲しみほど深く入り込むものはない。

だから心配しなくていい。それといっしょにいれば、悲しみはあなたをもっとも奥深い
中心にまで連れて行ってくれる。それに乗っていけば、自分の存在について今まで
知らなかったいくつかの新しいことを知ることができる。そうしたことは悲しみのなか
でしか明らかにならない。幸せなときにはけっして見えてこない。暗闇もまたいい。
暗闇もまた神聖だ。昼間だけが存在なのではない。
夜もまたそうだ。私はこの態度を宗教的と呼ぶ……。

忍耐強く悲しみのなかにいることができれば、ある朝、突然、ハートのなかにどこか
未知の源泉から幸せがわき起こってくることに気がつく。
その未知の源泉とは清らかな人格だ。本当に悲しんだら、それを自分のものにできる。
本当に絶望し、投げやりで、不幸せで、惨めになり、地獄に生きるようになれば、
天国を自分のものにできる。その対価は支払っている……。

人生に直面しなさい。人生に立ち向かいなさい。困難なときはあるだろうが、
ある日、あなたは気がつく。それらに立ち向かったおかげで、その困難な瞬間が
自分に強さを与えてくれた。それらはあってしかるべきものだった。
そうした困難な瞬間は通り抜けているときは辛いが、後になってみると、それが
自分をもっとしっかりさせてくれたことに気がつく。
それがなかったら、あなたは中心に据わり、地に着くことはなかっただろう。

世界中の古い宗教は抑圧的だ。未来の新しい宗教は表現豊かなものになる。
私はその新しい宗教をあなた方に教えている……表現をあなたの人生のもっとも
基本的なルールのひとつにしなさい。そのために苦しまなければならないとしたら、
苦しみなさい。なにかを失うことはけっしてない。その苦しみのおかげで、あなたは
もっともっと人生を楽しみ、人生を喜び祝うことができるようになる。

osho


blissfullife at 14:54|Permalinkosho(和尚) 

2016年05月26日

2016年6月の瞑想会

2015公園・4月04


先日、グループ瞑想会としては初めての「踊りを瞑想にする」
瞑想会を行いました♪
私を含め、4人で行いましたが、全員、普段、まったく運動を
してないとのことで、
不安の中、開始しましたが、終わってみれば、みんなスッキリ、
ニッコリ笑顔♪

みんな終了後は、色々なものが落ち、エネルギーが満ち、
波動が上がっておりました。
楽しかった!というのが、全員共通の感想でした。

ほんとは6月の瞑想会はジベリッシュをしようかと思っていたの
ですが、参加者の方から、
「土日に参加できる方に、この瞑想を是非」 的な提案をいただい
たので、6月はこの瞑想をしようと思います。

一緒に、純粋な踊りに没入していきましょ~☆

       *

グループ瞑想会 「踊りとしての瞑想」

動的な踊りとしての瞑想です。
決まったステップ、技術は必要としません。
曲を流しますので、目を閉じ、それぞれ自由に踊ります。
上手く踊ろうとか、こういう動きをしたいとか、そういった
コントロールは手放し、踊りの中に全面的に入り込みます。

「 踊りをひとりでに流れさせなさい。
 それを強いてはならない。むしろ踊りに従い、踊りが起こるに
 まかせなさい。
 それは為すことではなく、起こることだ。お祭り気分のままで
 いればいい。
 あなたは深刻なことをしているのではなく、ただ遊んでいる
 にすぎないのだ。
 自分自身の生命エネルギーと遊び、生態エネルギーと戯れ、
 そのエネルギーが自然に動くのを受け入れている。
 ちょうど風が吹き、川が流れるように。あなたは吹いて、
 流れている。それを感じなさい。
 そして、遊び心を持ちなさい。この<遊び心>という言葉をつねに
 覚えておきなさい。私にとって、これはまさに基本的なことだ。
  Osho            」
 

●2016年6月18日(土) 決定

 14時~    受付
 14時15分~ スタート (16時ぐらいには終了予定)

●参加費:1000円

●持ち物:踊りのあと、床にあおむけに横になるので、
    バスタオルかヨガマットのような敷物。
    汗対策(タオル、着替えなど)。水分。
    汗が引いて冷えるかもしれないので、冷房対策。

●自分にとって、楽な服装で

●時間厳守でお願いします

●場所 :二本松市内の施設(いつもと同じ場所)
     申込みいただいた際、詳細をお知らせ致します。



■お問い合わせ&申込み   >>>  こちら まで♪

*注意* 携帯メールの方の設定によっては、こちらからの
       返信が届かない場合もあります。


2016年05月16日

5月のグループ瞑想会 踊りとしての瞑想

木99


グループ瞑想会 踊りとしての瞑想

動的な踊りとしての瞑想です。
決まったステップ、技術は必要としません。
曲を流しますので、目を閉じ、それぞれ自由に踊ります。
上手く踊ろうとか、こういう動きをしたいとか、そういった
コントロールは手放し、踊りの中に全面的に入り込みます。

「 踊りをひとりでに流れさせなさい。
 それを強いてはならない。むしろ踊りに従い、踊りが起こるに
 まかせなさい。
 それは為すことではなく、起こることだ。お祭り気分のままで
 いればいい。
 あなたは深刻なことをしているのではなく、ただ遊んでいる
 にすぎないのだ。
 自分自身の生命エネルギーと遊び、生態エネルギーと戯れ、
 そのエネルギーが自然に動くのを受け入れている。
 ちょうど風が吹き、川が流れるように。あなたは吹いて、
 流れている。それを感じなさい。
 そして、遊び心を持ちなさい。この<遊び心>という言葉をつねに
 覚えておきなさい。私にとって、これはまさに基本的なことだ。
  Osho            」
 

■2016年5月25日(水)
 10時15分~受付
 10時30分~スタート(時間厳守)

■場 所: 二本松市内の施設
     お申込みいただいたあとで詳細をお知らせします。

■参加費: 1,000円

●服 装: 自分にとって動きやすい、楽な服装で。
●持ち物: お水、汗拭き用タオル、必要を感じる方は着替え、
     床にあおむけになる時用のバスタオルまたは
     ヨガマットなどの敷物。

■お問い合わせ&申込み >>>  こちら まで♪

*注意* 携帯メールの方の設定によっては、こちらからの
       返信が届かない場合もあります。



2016年05月12日

条件づけ by osho

草02



親による条件づけは、世界でもっとも大きな隷属だ。
もし子どもが間違った育てられ方をしたら、人類全体がおかしくなる。

子どもは種だ。もし善意ある人たち、好意を寄せる人たちによって種
そのものが毒され、堕落させられたら、自由な人間個人は望めない。

何を怖れているのかというと、子どもがまさに最初から条件づけられずに
おかれたら、自分のライフスタイル全体が反逆になるほどその子は知性に
あふれ、油断せずに気づいているようになるからだ。

そして、誰も反逆者は望まない。誰もが従順な人たちを望んでいる。
親は従順な子どもが好きだ。
だが、いいかね、反逆的な子どもは知性のある子どもだ。
反逆的な子どもは顧みられたり愛されたりしない。
先生はその子が好きではないし、社会はその子を顧みない。
その子はつぶされてしまう。

天才はめったに起こらない。
天才が生まれるのは稀だからではない。
天才がめったに起こらないのは、社会の条件づけのプロセスから逃れるのが
とてもむずかしいからだ!
子どもがその支配力からなんとかうまく逃れるのは、たまにしかない。

もし子どもが他人から邪魔されずに自分の個性を育むのを許され、
助けられたら、私たちは素晴らしい世界を手にする。

そのときは、私たちには多くのブッダたち、多くのソクラテスたち、
そして多くのイエスたちがいることだろう。
私たちには途方もなくバラエティに富んだ天才たちがいることだろう。

by osho



blissfullife at 09:44|Permalinkosho(和尚)